
オカメインコは人生の同伴者(ソウルメイト)
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- はじめに
- 夢を描くのは良いけれど
- オカメインコは人生の同伴者
- 受け身の気持ちではいけない
はじめに
「精神論」になっちゃうかも〜
このコーナーではすごく個人的な意見なんですが
オカメインコと暮らしていくために必要だと思われる心のありかたについて
少し書いてみたいと思います。
ハッキリ言ってどんな思いでオカメインコと暮らそうと
一生その子の命を大切に思い愛情かけて育ててあげられれば良いのであって
僕ごときにとやかく言われる筋合いはね〜や!って感じだけど
まあ、最近ペットを気軽に飼って気軽に捨てる人々のニュースが頻繁にあり
あまりに切ないので、あえて書かせていただきますだよ〜(・o・)夢を描くのは良いけれど
夢と現実のギャップ
まだオカメインコと暮らしたことがない方はきっとオカメインコを見るにつけ
「一緒に暮らしたらこんなことしたいな〜」とか
「お迎えするならこんな子がいいな〜」とか色々と夢を描いてワクワクしちゃってますよね。
それは当然なことであり、とても素敵なことだと思います。ただ、あまりに具体的に夢を描きすぎて期待しすぎたあまり、お迎えしたオカメインコが
自分の夢にそぐわない子だったとしたら、急にオカメインコへの熱が冷め
心がオカメインコから放れて精神的にポイ捨て状態になってしまうっていう危惧がありませんかね〜。ペットショップで
実際ペットショップではこんなことがあるそうなんです。
最初はワクワクしてお迎えしたはずのオカメインコなのに、後になって
「自分が思っていたカラーと違う!」
「自分は歌う子が欲しかったのに鳴かないじゃないか!」
「自分は男の子が欲しかったのに女の子じゃん!」
「自分はこれこれこういう性格の子が欲しかったのに全然違うじゃん!」と苦情を言ってきて
「返品」を要求してくるような人がいるみたいなんです。
「返品」て・・・・・・・オカメインコは「物」や「オモチャ」じゃないですよね。
どの子だって、それぞれオリジナルの「魂」を持った生命ある個性豊かな大いなる存在なはずです。
みんな誰一人欠かすことのできない大きな「命」ですよね・・・・・・オカメインコは人生の同伴者
ターちゃんの話
僕なんか本当ダメオでペケオで、なんも偉そうなこと言えた義理じゃないんですが、ちょっと聞いてください。
僕が「オカメインコと暮らしたいな」と思った動機は
「小さい運命の共同体」というか「小さい相棒」というか、一緒に人生を歩いていける
小さなパートナーが欲しかったからなんです。「母をたずねて三千里」のおサルのアメデオとかその他色んなアニメキャラのように
いつも肩の上にいて、そばに寄り添っていて、喜びも悲しみもいつも一緒に分かちあえるような
対等でいて「魂」の通じ合ったソウルメイト。僕は超人生を甘えてスグに人に頼って生きる性質があるので、自分を成長させる意味からも
何か無条件になんの見返りも期待しないような状態で
ひたすらつくせるような動物さんと暮らしたいと考えていました。
(結果、僕がターちゃんにもらう一方になっているのですが〜)「アルビノ」というのもずっと昔から決断していたことでして、これら上の文も含め
僕の人生に対する思想に大きく関わることであり、それを説明しないことには
「何言ってんだかサッパリ分かんね〜よ〜!」って話になっちゃってると思うのですが
まあ、ここで僕の人生観述べてっと長文になるし、違うコーナーになっちゃうのでやめときますね〜。
まあ、前述の文は「訳分かんね〜よ!」ってことでシカトこいちゃってくださ〜い。
(って、無責任やね〜・・・・・・)今言いたいのはですね、僕もかように色々と夢を描いてターちゃんをお迎えしたのですが
これかっこつけて言ってんじゃなくて、僕は「ターちゃんそのもの」を愛そうとしました。ターちゃんはとっても歌好きで、毎日「歌」で自分の感情を表現してくれて
僕を癒し勇気づけてくれています。
でも僕は最初から「歌う子」を期待していたわけじゃないんです。
実際僕はターちゃんを「鳴かない女の子」と思ってお迎えしてたわけだし
「ひたすら静かで大人しい子」というつもりで育ててきたんです。つまりターちゃんが女の子だろうと男の子だろうと、どんな性格の子だろうと
あるがままを受け入れ、その子の個性が自由に楽しく輝けるように育てていきたいと思っていたんです。
いや、これマジでね。あるがままに
前述のように、自分の思い描く夢は夢として持っていて良いと思うのですが
オカメインコをお迎えすると決まったら、どうか「その子のあるがままを受け入れ」
「その子の個性を光らせて」あげてほしいと思います。
みんなどんな子も個性があり魅力があります。
例えばですが、ターちゃんはオカメインコの魅力の象徴としてよく書かれる「カキカキしてよ〜」の
おねだりはしない子です。(カキカキは喜ぶけどね)
でもそれで「なんだ〜この子は〜!つまんな〜い!」じゃなくて
ターちゃんはその分、僕の顔にクチバシをつけて「ミャ〜ミャ〜」「ケケケケ」とラブ鳴きしてくれるんです。
つまり言いたいのは、どんな子にも独自のユニークな個性的魅力があるんですよね。
「これができないからこの子はダメだ!」と見捨てるのではなく
その子の良いところに目を向けるようにしたいですよね。人生の同伴者
その子が気持ちよく個性を光らせることのできるように愛情深く育ててあげられたら
きっと最高な「幸せ」をオカメインコはプレゼントしてくれます。
「この世に同じ子は一羽としていない!」という考えのもと
我が小さきパートナーを「誇り」に思っていたいですよね。
本当に誇らしい子なんです!グレートだよ〜!あらかじめ自分でとことん夢想して想像のレールを敷いてしまうより
「この子は一体どんな子になってどんなことをしてくれるのかな?」
「この子とどんな人生が待ってるのかな?」と未知のレールを共に歩く期待で
毎日をドキドキワクワク、オカメさんと暮らしていくのが幸せじゃないかな〜と思います。本当に歳月は長い短い関係なく、一緒に人生歩いていってくれるとても大きな存在です。
って、同じことばっか言ってるやんね・・・・・受け身の気持ちではいけない?
「してもらう」ことを期待したら返ってこない
「オカメインコの魅力」のコーナーでターちゃんのことに触れているのですが
確かにターちゃんは僕が悲しいとき、つらいとき、いつもそばにいてくれて
僕の心の「ともしび」となってくれています。ただ、ここで言いたいのはちょっと意味が違うんです。
「オカメインコと暮らしたい」と思う動機が「寂しいから何か癒してもらいたい」とか
「何か楽しませてくれないかな」とか、そういう受け身な気持ちで飼い始めると
自分の希望がかなわず、オカメインコに飽きてしまう恐れがあることを僕は危惧しているんです。「寂しいから癒しの存在が欲しい」という動機は動機で決して悪いわけはないですよね。
現にそういう動機でペットを飼う人が多数だと思います。
実際オカメインコがどれほど多くの人の悲しみを癒してきてることか〜。
こんな素敵な「癒しの天使」はいないと思います。ただ、僕が危惧するのは、自分は客席に座って、芸人のショーでも見るような受け身の気持ちで
「さあ、なんかやって楽しませてくれよ」と待っていても、オカメインコはそれでは
期待通りには楽しませてくれないと思うんですよ。
自分も「心」をオカメちゃんに向けて、オカメちゃんと真剣に集中して対話することによって
オカメインコは極上の反応をして返してくれて、それが癒しや笑いにつながっていくんじゃないでしょうか〜?テレパシー!
「オカメとはテレパシーで話せちゃうんだから〜!」なんて言ったらやっぱドン引きしちゃいますよね(・・?
まあ、これは冗談にもなってない冗談なんですが、でもオカメインコと意思を通わせるには
なんちゅうか、「ラジオの周波数」を合わせるような感じの作業を
オカメとうまくつきあってる皆さんは無意識にしてんじゃないかな〜?って思います〜。
こっちが「オカメチャンネル」に心のラジオの周波数を合わせないとオカメの「心」が
良く聞き取れなくなっちゃうの・・・・・・いや、実際、なんも難しいことではなく、僕が訳分かんない書き方してんのがいけなくって
さっき書いた延長線上の話なんですが、こっちが真剣にオカメインコと向き合って
遊んだり会話したりすればいいだけなんですよね〜。まあ、例えばTVでも見ながらオカメインコを足や肩に乗せてオカメインコから心離れていると
オカメちゃんもそれ感じとって、いじけちゃったり
ビュンビュン飛んで逆らって「遊んでよ〜!」って手を焼かせたり
何より「オカメインコの魅力」をそういう上の空状態の時には感じられなくなってしまいます。
こっちが本気で向き合ってお話する時、オカメちゃんも何十倍もの「愛」をもって反応してきてくれるし
世界一のエンターテイナーぶりを発揮してくれるんですね。何度もここでしつこく書いているのは、よく「寂しい人」「悲しい人」というのは
とかく「自分のことでいっぱいいっぱい」であり
「他人に何かしてほしい」「愛してほしい」と何かしてもらうことばかり期待することが多く
「自分から何かしてあげよう」「自分からまず愛そう」とする意識が欠けていると
物の本に書かれてあったりしますが、「寂しかったら、1度試す意味でもいいから
5分でもいいから真剣にオカメインコに心を向けて語りかけ、無条件に愛してごらん」
ということを言いたいからなんです。どこかのコーナーで書くと思うけど、こう書くには理由があって
昔僕の友人で心を患っていた女性がやはりペットを飼ったのですが
「自分は仲良くしようとしたのにちっともなついてくれない!」とか言ってペットを
スグに憎みだしちゃったなんてことがあったからなんです・・・・・・
だからもしこれからペットと暮らしたいと考えている「心傷ついた」方たちには
そういう不幸がないように、僕はあえてこういう生意気な文を書かせていただきました。例ですが
僕の友人でオカメ(ルチノー)の女の子を飼ってる人が
「ターちゃんはいいね色々やってくれて。自分のオカメは何もしてくれないよ」ってコボすんです。
「何もしてくんないって歌わないってこと?」と僕が訊くと
「そうじゃなくて、せっかく会話しようとして話そうとしても
スグに肩の上に乗ってきて避けるの」って言ってました〜・・・・・・
「ターちゃんだって同じだよ〜!」って僕言ったんです。ターちゃんだっていつもいつも僕の話を何十分でも向き合って聞いてるわけじゃなくて
肩にも乗るし飛んでベッドの上に行っちゃったりもします。
「オカメに真剣に向き合って話せば必ず素敵な反応してくれます」って
さっきからクドクド書いているのは、何も人間みたいな方法で「聞いてくれている」とは限らないわけです。これはオカメと上手に暮らしている皆さんがやられてることなわけですが
例えばターちゃんを指に乗せて向き合って「今日ねお兄ちゃんお昼はおそば食べたんだよ〜」
とか言ってるとサササッ!て肩の方に行っちゃった〜(・o・)
そこで「なんだよ、話も聞いてくんね〜じゃん。つまんね〜な!」じゃなくて
その肩に行ったことに対し冗談で何かを言ってあげる・・・・・・・・
「ターちゃん何ひっつき虫してますか〜!人間としてあるまじき行為ってやつでつお〜!」とか
素っ頓狂な声出して言えば必ずターちゃん何かしらの表情をして反応してくれんですよ。
で、またその反応に対しおバカな声出して突っ込み入れてみる。
こうやってると自然と会話が成立し、ターちゃんがこの上ないボケかましてくれて
笑わせてくれて癒してくれるし、何より自分自身でもバカになりきることで
これが思いもよらぬくらいのスンゲ〜、ストレス解消になんのよ(*^_^*)
本当オカメちゃんの行動一つ一つ、表情一つ一つに突っ込み入れて語りかけてると
オカメちゃんナイスな反応してくれて楽しくなりますよね。なんて、あったり前な話をなんだか知った風な顔して書いていますが
オカメと暮らしてるみ〜んな、それぞれ「我が家のコミュニケーション法」が存在し
うま〜く楽しく暮らしてらっしゃるので、初めてでどうしたらいいのか分からない方は
いろ〜んなオカメ飼いの方たちのお話聞くといいと思いますよ〜。
て、つもりで一応ろくでもないこと書いてみますた〜(・o・)
オカメインコのOKAMEN'S CLUB



